アメリカという国は、日本人から見ると本当にこれがアメリカの素顔なのだろうかと驚かされることがある。
実は、こういう部分にこそアメリカの特徴が表れていることが多い。
私が個人的にアメリカはすごい国だと思ったのは、1973年のオイルショックの時のことである。この時、アメリカ国民の間で石油を節約しようとういう動きが瞬く間にでてきたのである。アメリカでは、日本のように1回ガソリンを入れれば数日走れるというようなことはことはなく、仕事で車に乗っていれば毎日油が必要となるのである。
当時、私がいたカリフォルニアでも勿論そうであった。しかし、それでも彼らはナンバープレー トの数字によってそれぞれが給油できる日を定め、ガソリンを少しでも節約しようとしていたのである。
多くのビジネスマンが、給油日に車での仕事を終えようと率先して努力をするようになった。それに写 き換え日本に帰ってきてみると、ガソリンの値段は釣り上がっていたが、なくなってしまうのではない かという危機感はなく、節約しようという積極的な動きもみられなかった。
ちょうどその頃、仕事の関係でアイダホのボイセに滞在していたときのことだが、ホテルのテレビの上に、ある注意書きが置かれていた。それは大統領からのメッセージで「電力を無駄にしないように皆さんもご協力下さい。そのためにはある一定時間帯以外は極力テレビを点けないようして下さい」というものであった。
もし、日本で同様な注意書きがホテルに置いてあったなら、私たちは少し変な感じがするのではないだろうか。
しかし、こういうことはアメリカでは当たり前のことであって、このように国の方針に一致団結していくところにアメリカの強さを感じることができるのではないだろうか。
国民健康意識の日米比較
1977年にマグガーマン上院議員が、マグガーマンレポートという今日では大変有名な健康に関するレポートを提出した。
その内容を簡単に紹介すると、「このままではアメリカ人はみな、心臓病で死んでしまう危機に迫られている。だからその対策として諮問委員会をつくり、今後どうしてゆくべきかを国家レベルで対応していかなければならない。そしてまずは、心臓病の予防に効果のある食物繊維を積極的に摂るよう働きかけを国家のレベルで行い、全国民へ打ち出していこう」というものであった。
このように健康に関する問題を国家レベルで捉えたということは、私の記憶では世界でも今までにないことであった。ましてや、日本では全く考られないことであろう。
それより10年ほど前、故ケネディ大統領はマグガーマン同様、国民病とでもいうべき心臓病で多くのアメリカ国民が亡くなっているという 現状を放置しておいてはならないとし、その対策のための委員会を作り、研究にあたらせた。
オイルショック少し前の69年には、運動生理学者のケネス・クーパーが、心臓病は酸素効率を高めるこ とによって予防できるとして、有酸素運動(エアロビクス)を推奨した。
日本ではエアロビクスは室内体操 みたいなものを意味しているようだが、本来エアロビクスとは、ジョギングのような多くの酸素を必要とする運動を指していて、誰にでもできる簡単なものである。そして、肺機能と心臓血管系の機能を改善するのに効果のあるものである。
この発表の後、多くの人がジョギングをするようになり、アメリカ人 = ジョギングという構図すら生まれ、今でも国民の4人に1人がジョギングをしているといわれている。こういうことはアメリカ人には当然のことであって、アメリカという国の、独立性の強い民主主義の国の伝 統がその国民性にもでているのであろう。
次に、アメリカ人の健康問題に対する精神について話しておきたい。99年7月11日午後9時からNHKで放映された『寝たきり老人を減らせ』という番組でアメリカの介護問題を扱っていた。
介護問題は大変費用のかかるものであるが、アメリカでは国と国民が同じ考えで取り組むことにより問題は解決でき るという伝統的な考え方が根底にある。また、日本と決定的に違うのは、日本では医療費をどうやって捻出するかを国会で話し合い、行政を改善したり、税金配分を変えたり、税率を上げたりする訳だが、アメ リカではこういう行政上のことだけでなく、一人一人が最高に健康であれば医療費はそれだけ減るという考えから、老後のために健康作りをしていくようへルシー・ピープル・アクトという条例を作った。
つまり、法的にも意識啓蒙的にも活動が行われているのである。 日本では制度上の議論が行なわれることはあっても、一人一人がこの問題に立ち向かって、個人とし てどのように輝く老後を作り出していくかという意識改革がなされているわけではない。
アメリカでは、この10年間で高齢者の要介護者が120万人も減ったことが前出の番組で報じられていた。このことは介護のための国家予算がそれだけ減少したという側面以外に、これだけ多くの人々が自分の力で生 活でき、余生を送れる喜びを手にしたことを表しているといえる。アメリカの行政は、いつでもこういう面に対して、しっかりとした目を向けている。ヘルシー・ピープル・アクトは生活習慣病の予防と同時に、 人間の生物としての最大級の力、生活力、生命力を最高の状態に発揮させておこうということにも取り組んでいる。
こういう背景から、後で触れるオプティマル・エイジングという思想が定着し、さらにはこういった運動のコンセプトの核になっているのである。
97年の日本の国民医療費は29兆651億円(厚生省調べ)であった。これは全国の百貨店、スーパー等 の大型小売店の同年の総売り上げ23兆円よりも大きな額である。日本の医療費は、国内総生産(GDP) に約7%という負担をかけている。そのうち、高齢者医療費は約10兆円で、国民医療費の約35%を占めている。
日本では先述したように、この費用をどう捻出するかについては議論がされていても、一人一人の 高齢者がどうすれば最高の健康状態で加齢できるか、という思想面からのアプローチはなされていない。
サプリメント普及の歴史的背景
次に、この本の主要テーマであるダイエタリー・サプリメント(以下、サプリメント)の背景を見ていき たい。
前書きで記したように、アメリカのサプリメントというのは予め法律があって、それに基づいてで きたものではない。
かつてのアメリカにも現在の日本と同じ様な状況があったが、健康科学の進歩を背 景に法令類が整備され、その事により民間と行政の動きが一本化され、サプリメントは認知されたので ある。
つまり、日本がアメリカに比べて全くだめな状況であるということはなく、むしろアメリカの歴史 を見ることによって、今後の日本の状況を予測することができるのである。アメリカでサプリメントを含む健康食品が脚光を浴びたのは、1970年代の第一次オイルショック 後のことだった。特に健康食品に関する法律があった訳ではないので、当時は今の日本におけるような、医薬品か食品かという二分法が一般的であった。
つまり、サプリメントは食品の中に含まれていたので ある。けれどもこの頃に既にアメリカでは、押し付けではなく、自ら率先して健康を勝ち得ていくという考えが根底にあったので、健康に関する知識や情報などについて日本国民よりも敏感で、人々も多くの 知識を持っていた。
また、健康食品についても、最初はナッツ類の粉や蜜蜂の花粉、ハーブミックスなど も身体にいい物として店頭に並んでいた。そして、やがてマーケットの拡大に伴い、それらが身体に良い のは、それはビタミンやミネラル、その他様々な成分が入っているからなのだ、という合理的理解がなさ れるようになり、サプリメントの発達する背景が生まれた。
これらの普及に役立ったのはマルタイ・レベル (Mult Level) で、これは日本でいうところのネットワー クビジネスで訪問販売の一形態で、その代表的なものはシャクリやアムウェイ等である。
これらの企業 は80年代には大きな功績を残した。なぜかというと、サプリメント等の商品には多くの情報が含まれていて、例えばビタミンEにしても、人間の身体にどのように役立つのかという情報があるのである。マルタイ・レベルは愛用者から愛用者へと広がるもので、店頭販売では知り得ない情報の提供と表裏一体と なって広がっていった。70年代から80年代半ばにかけてはアメリカの健康食品市場の大きな部分をマルタイ・レベルの企業が担っていた。
しかし、健康やビタミンやミネラルについて一般によく知られるようになり、それらについての知識や情報の均一化が進んでくると、店頭で買える時代がやってきた。 時代は大きく変わり、マルタイ・レベルは健康食品分野で衰退していき、店頭販売がその主流を担うようになってきた。その背景に消費社会の成熟化と情報の均一化があったことの他に、人々が自分で自分に必要な栄養素、例えば鉄だとかビタミンBコンプレックスといったサプリメントを選択できるようなレベルに達してきたことにより、マルタイ・レベルのような人を介在して購入する面倒くささよりも店 頭で自由に選べる便利さを求めるようになったことがある。
さらにマルタイ・レベルは報酬の還元というシステムがあるために、百貨店やスーパーなどのように店頭でダイレクトに売るのに比べコスト高になってしまう。
そのためマルタイ・レベルは価格面でも店 頭販売に太刀打ちできなくなってしまったのである。こういうマルタイ・レベルはアメリカ生まれでは あるが、後に日本を含む健康後進国においても一世を風靡した。
そして、その日本でも今時代は大きく変わってきているのだ。このことについては後で述べる。
サプリメントの定義
アメリカではこうしてサプリメントのマーケットシェアができてきた。
これにはいくつかの重要なポ イントがある。
まず歴史的に法的な位置づけはなかったものの、サプリメントが健康の創造に大きく役立ってきたことが一般の認知するところになってきたこと。
次に国民医療費の膨大化によりこれを削減するには皆が健康になればよいという伝統的な実利主義的考え方から、役立つものがあるのなら積極的に役立てようということが国のレベルで取り上げられるようになってきたこと。
そして、1990年に栄養表示教育法(NLEA)という法律が制定された。この法律は、食品の成分表示をすることを定めたものである。
表示成分は、ビタミン、ミネラル、ハーブといった人の身体に影響を与えるもので、生肉や生野菜といった例外を除き、ほとんどの食品に適用された。
さらに、これをベースとして独年には健康教育法(DSHEA)が制定された。これは既に実証済みのもの、新たに研究されたものの中で、明らかに健康に役立つものをきちんと法律で定めようとする動きから生まれたものである。
この健康教育法は、90年に制定された栄養表示教育法をもとに、更に発展的に 栄養補助食品(dietary supplement) の位置づけを明確にして普及をはかることを目的として作られたと考えられる。栄養表示教育法では伝統的に必要とされていたビタミン、ミネラル、プロテインおよび一部 のハーブを加えてサプリメントとして定めていたが、健康教育法ではそれに朝鮮人参、ニンニクなどを引ハープとして加え、さらにDHA等を含む魚脂、psyllium(ギンゴの抽出液)、酵素、腺分泌物、それらの混 合物をサプリメントの範囲に加えた。
主な要点は以下の通りである。
◎日常食べている食物に含まれている成分、即ちビタミン類、ミネラル類、ハーブ、その他の植物、アミ ノ酸などを補うことができるもの。あるいは濃縮したもの、抽出したもの、その混合物で、日常の棋 取量を増やせるもの。
◎ピル、カプセル、錠剤、液体の形状で摂取することが目的のもの。
◎食事やダイエット食等のセット食の形でないもの。 Dietary supplerment(補助食品)と明示されているもの。
◎認可された新薬、証明された抗生物質を含む。
◎すでにサプリメントとして市場に出ている認可された生物学的薬剤を含む。
その基本とするところは表示教育法に従い、次の4点の表示に関するステートメントを加え、これら を表示するように指導している。ただし義務付けはしていない。これは多くのビタミン、ミネラル等につ いては周知のものが多いからであろう。
①欠乏するとどうなるか、欠乏症やどんな病気や症状に役立つか。
②その栄養素、もしくは成分が人体のどのような生理機能に影響力を持っているのか。
③作用の仕組みについての特性(人体への化学作用)。
④この栄養素あるいは成分を摂ることによって得られるであろう良好な状態。
このように、健康教育法では何かの病気が治るという医薬品的定義ではなく、予防に役立つもの、身体に必要なものが欠乏したらどうなるかということ、また一定以上摂取するとどういう機能改善ができるのか、ということなどにポイントが置かれている。
この法律により、一般食品と医薬品との間に、身体に役立ち、疾病予防や積極的な機能改善のできるもので既に実証されているものをベースとしたサプリメントがきちんと定義されることになった。
これによりアメリカでは独年を境として、医薬品と食品の中間に第三のサプリメントの存在が認められたのである。
さらに年にこの法案が通るとき、議会はこのとき既にサプリメントのマーケットは40億ドル安の価 値をもっていると判断していた。つまり、サプリメントマーケットは発展効果を持つ新しいマーケット になりうるとも見ていたのである。と同時に、これを育てることでヘルシー・ピープル・アクトを実現で きるとも考えていたのである。
サプリメント市場と普及率
アメリカで最も信頼できる業界紙『ニュートリション・ビジネスジャーナル』(以下、NBJ)の統計を中心にして、アメリカの健康関連市場について見ていきたい。
これからあげる数字は基本的にはドルで 表示していくが、日本円表示にものは、便宜上1ドル140円で換算した。
ここで引用する『NBJ』は、 1999年発行の西ので、そこに掲載されている統計数字は97年のものであり、これが最新のデータで ある。これによると、97年の栄養食品(サプリメントや自然食品など健康関連のものを広く含む)の売り 上げ規模は233億ドル(3兆2620億円)であり、前年比11%の押びであった。
それまでは13~16% の伸びであったので、この分野はしぼみつつあるという見方もないわけではないが、『NBJ』では2001年までは毎年20億ドル(2800億円)ずっ売り上げが増加すると予測している。
さらに、サプリメント市場に限れば『NBJ』は、97年は前年比13%の伸びで、127億ドルを売り上げていると報じている。
アメリカのサプリメント市場は確実に拡大していっているのである。
これには94年に制定された健康教育法が多大に寄与していると考えてよいだろう。
栄養食品の一部を占めるナチュラルフード(有機食品や無添加食品等)は、77億ドルの市場を持っていて、全米の食品総売り上げの1・7%程度を占めている。そして、その伸び率をみると、一般食品が年3% 弱なのに対してナチュラルフードは年10%ほどの伸びを示している。こういうところからもアメリカ国 民の健康志向がうかがえる。
日本にはサプリメントのきっちりとした定義がないため、アメリカではサプリメントの範囲に入っていない、クロレラ、ローヤルゼリー、プロポリスなどが健康食品に含まれている。
しかも、それらが売り上 げの大きな割合を占めている。そして、なおかつきちんとした統計がないので正確な比較は難しいが、日 本の健康食品市場は一般的に6000億~7000億円程度といわれ、アメリカの3分の1~4分の1 の規模しかない。サプリメントだけに限定して統計を取ったならば、この開きはさらに大きくなると考 えられる。
ここからも、アメリカにおけるマーケットの大きさと、国民に与えている影響力の大きさは想像できるであろう。
前述したように、市場の流通経路は、かつて主流であったマルタイ・レベルのものから店頭販売へと移ってきている。97年の栄養食品の売り上げ233億ドルの販売チャンネル別の内訳を見てみると、マルタイ・レベルの比率は19%程度、店頭販売は74%、そしてかつてはシェアの大きかったメール販売は僅 か4%である。さらに、サプリメントに限ってみればマルタイレベルではほとんど行われておらず、ほぼ全てが店頭販売であると考えられる。
Rexall Sundownという健康食品のショップはここ3年間で5000店舗から3万店舗へと拡大した。
また、アメリカのサプリメントにはハーブが含まれているが、これは日本の漢方薬とは全く違うもので、例えば脳の機能改善に役立つ、イチョウ葉から採ったギンゴライド、ガン予防に効果のあるポリフェノールの一種のカテキン、制ガン効果の高いガーリックなどである。
これらについての詳細はサプリメントの章で述べるが、年に発表された『NBJ』によるアンケート調査の統計では、アメリカの世帯の 30%が生活にハープを取り入れていることが分かった。
また、マルチバイタミンはサプリメントの代表 格であるが、これは65%が取り入れている。よって、全米世帯の半分以上がサプリメントを摂っているこ とが分かるだろう。
アメリカを旅行すると、どこのヘルスフードショップやスーパーなどに行っても、色とりどりのパッケージに入ったサプリメントがずらっと棚に並んでいるのを見ることができる。
ここでひとつ注目しておきたいのはサプリメントの価格である。1ビン100粒またはカプセルで、それぞれには1日の標準摂取量が含まれている。つまり、大体1粒で1日の必要量を満たすようになっ ている。
アメリカではマルタインベルの販売から店頭販売へと移行することによってその価格が下がってきた。
日本では、現在サプリメントとして成分を明記して売れるのはビタミンEとビタミンCぐらい のものであって、その他のものはビタミン、ミネラル名を表示して食品として売ることはできないため、 こういうものを含有する食品を売るしかないが、単純にビタミンEやビタミンC、含有成分の多い物、補助的役割の食品を比較すると、日本はアメリカの3~5倍もの価格になっている。
ましてや、日本では食物信仰の延長線上にでもあるような健康食品が、科学的根拠がなく神秘的な物 のまま、高価で売られているのが現状である。
日本の詳しい現状については次章で述べるが、売上高を基 華として、アメリカのマーケット規模は日本の3~4倍である上に、日本での単価は割高であるのだか ら、その普及率はずっと低くなるであろう。