スピリチュアルで愛を定義すると、
それは根本的なものです。
愛があるかないか、
それは見たことが無いので
確かなことは言えません。
まして、
愛があるかどうかが科学的に定義されるのは、
これから随分先になるでしょう。
愛の存在を否定している人がいても、
それは自由ではないでしょうか。
ことさらとがめることもしません。
何故なら、宗教の歴史から見れば、
宗派対立があったり、
近いところは攻撃しあうんですよね。
スピリチュアルでも流派のようなものが
あるとすれば、その流派が違って相手を
攻撃することはナンセンスなんです。
そんな目に見えない世界の事を
あーでもない、こーでもないと
言い争うことは不毛な議論です。
また科学的な根拠を
少しずつ積みあげていく作業も
不毛だと思います。
わかる人に聞いてしまえば答えが
返ってきますし。
ところで、
スピリチュアルに流派があるとすれば、
私は右脳派と左脳派に
分かれると思うのです。
理屈で説明するのか、
直観で分かっていくのか、
それは大きな違いです。
両方わかってしまうと凄いですね。
左脳派の方には、将来科学的に
証明してもらいたいし、
右脳派の人にはもっと直観的に
声が聞こえるようになって欲しいです。
右脳派通訳者なんて職業の人は最適かも。
愛はとっても基本的なものです。